那智勝浦町が県外のボランティアが受け入れになったというニュース。
やっと、動いた。
よかった。うれしい。
少しずつだけど、動いていることが実感できる。
トムさんのブログ「遂に 県外OPEN!」より。
トムさん、いいこと言った。
しびれた!
ボランティア的には せっかく遠方から来てくれたし、
少しでも活動を進めたいから 現場に入りたいけど。。。
今日は中止!やっぱり安全第一!
ちょいと 「井関地区」「市野々地区」に顔出したら
雨の中 お母さん達は雨を心配をして 一生懸命 家も周りの測候を掘っている。。。
やっぱり家が心配なんだ!!
でも 避難しないといけない。
2、3日帰れないかもしれない
その時 少し綺麗にした家も周りも いったいどうなったいるかは 誰もわからない。
「あんた~自分じゃないから 簡単に言えるよ~」と言われたら
それもそうだと思うが
でも 琉球人の俺は思う
「命ドゥ宝」だ!?
命があれば また 綺麗に出来る!!
家も建てられる。
そして笑顔のある生活に戻れる。 いつかきっと。。。
だから 僕らも 毎日毎日 泥をかき 家具を出す。
未来の笑顔の為に
再度台風がやってきて、地元の人たちを苦しめています。
被災地へ、たくさんの支援の手がのびますように。
間に合わぬ避難指示“魔の30分”紀伊半島豪雨 深夜に氾濫
産経新聞 9月16日(金)13時34分配信
台風12号の豪雨で大きな被害が出た和歌山県那智勝浦町井関地区(約230世帯460人)で、避難指示が出された時間帯に川が2カ所で相次いで氾濫し、住宅などが一気にのみ込まれたとみられることが、住民らの証言で判明した。上流で発生した土石流の岩や倒木が地区周辺で流れをせき止めたことが要因とみられ、被害はわずか30分ほどの間に集中。地区内の死者・行方不明は県全体の約3割に当たる計16人に上っており、町は川の監視強化などの再発防止策を講じる。
井関地区で町から避難指示が出されたのは4日午前2時12分。複数の住民の証言で、被害は午前2時~2時半ごろに集中していた実態が浮かび上がる。
突然の氾濫に、住民たちはなすすべもなかった。同2時半ごろ、玄関から外の様子を見ていた堀切久寛さん(71)宅の方向にも、近くの那智川から一気に濁流が押し寄せてきた。
2階へ駆け上がり、窓から前の民家を見ると、60代の夫婦が必死でブロック塀にしがみついていた。水位は急激に上昇し、腰の高さまで来ている。「奥さーん! 奥さーん!」。堀切さんの叫び声は届かない。
水位はさらに上がり、堀切さんが目を離した直後、2人の姿は消えていた。水が引いた家の跡には巨石が積み上がり、2人は3日後、約4キロ離れた海岸で遺体で発見された。「私の家に避難してもらっていたら…」。堀切さんは今も自分を責め続ける。
■急激な水位上昇
今回の急激な氾濫は町内の那智川上流や支流の金山谷川で発生した大規模な土石流や倒木が地区周辺に押し寄せ、川を遮ったことが要因とみられる。
町が避難指示を発令する前、通常先に出される避難勧告はなかった。「水位は急激に上がった。土石流の発生で想定外の事態になった」と担当者。避難指示は消防団員が氾濫を確認してから出されたといい、避難が間に合わず多くの住民が自宅に取り残されたとみられるほか、「避難しようとした人が濁流にのまれた」との証言もあり、地区には安全な場所がほとんどなかったことがうかがえる。
■監視強化を検討
井関地区の避難所は、那智川から約50メートルの町立井関保育所だった。住民らはいったんここに避難したが、危険を感じ、さらに高台の小学校へ避難。保育所の平屋の建物はガラスが割れて無残な姿をさらしている。
「もっと安全な避難所を早急に確保すべきだ。緊急時にはサイレンを鳴らすくらいでなくては」。井関地区区長の石井康夫さん(56)は指摘する。
町は、那智川の水位監視を強化する方針を打ち出した。上流2カ所に新たに水量計を設置し、監視カメラ新設を検討している。「過去に土石流が発生するなどの被害は報告されていなかった」と寺本真一町長。「もっとどうにかならなかったのかという思いはある」と沈痛な表情で話した。
3次補正で台風12号復旧に3000億円検討
[2011年9月16日6時16分]
政府は15日、2011年度第3次補正予算案に、紀伊半島などに大きな被害をもたらした台風12号による豪雨災害の復旧費として、3000億円程度を計上する検討に入った。全体の予算規模は11兆3000億円程度とする方向で最終調整している。
野田佳彦首相は、台風12号による災害復旧に関し、「応急的にやらなければいけないものは3次補正で対応することもある」と述べていた。
台風12号以外では、東日本大震災からの復旧・復興費と円高対策に合計8兆5000億円程度、震災復旧に流用した年金財源の穴埋めに2兆5000億円、B型肝炎訴訟の和解費用に480億円をそれぞれ充てる方向だ。
東北から災害復旧ボランティア 那智勝浦町
(2011年09月17日更新 紀伊民放)
台風12号で被害が集中した和歌山県那智勝浦町の井関地区で、東日本大震災を受けて宮城県石巻市で活動していた「石巻ボランティアベースキャンプ絆」のメンバーが拠点を置き、活動している。濁流にのまれた被災地での作業は津波被害の石巻と共通点も多く、メンバーは「地元にノウハウを伝えたい」と県民のボランティア参加を呼び掛けている。
「絆」は震災直後から石巻市に駆け付けた全国のボランティアが自然に集まって結成。7月末に新潟、福島県を襲った集中豪雨でも被災地を支援した。今月5日に和歌山入りを決定。6日に井関の民家の一角を借りて仮事務所とし、約20人が活動している。
メンバーで建設業の尾崎俊哉さん(42)=和歌山市=は「流木が民家に突き刺さり、基礎だけしか残っていない家もある。まるで石巻」と那智勝浦町を訪れて思った。
「土石流は山津波。泥出しの作業は似ている。スコップの種類や使い方などノウハウが生かせる。ただヘドロより砂利が多くてスコップが入らないことも。より大変な面がある」と説明する。
当面必要な作業は家屋の泥出しや清掃。「家をつぶすのか、住み続けるのか判断できる状況をつくる。町がきれいになれば一歩前に踏み出せる」と話す。
作業に必要な道具は各ボランティアセンターが準備している。個人ではくぎを踏み抜かないための鉄板入り安全靴、熱中症対策の飲料水やあめを用意する。被災者の話にじっくり耳を傾けることも大事な役割という。
尾崎さんは「災害ボランティアは最初の1カ月が重要。先行きが見えず、ニーズに応えるには人手がいる。被災地は都市部から遠く、一人でも多くの県民に参加してもらいたい。災害現場を見ることは自身の防災意識向上にもつながる」と呼び掛ける。
「絆」の活動は地域に浸透。ボランティアの依頼は毎日、続々やってくる。支援を受ける那智勝浦町井関の汐崎光さん(74)は「被災時は住民間でもぎすぎすしがちなのに、気配りができていてすんなり受け入れられた。片付けの手順なども教わり、本当にありがたい」と喜んだ。
「絆」は同町の災害ボランティアセンターと連携して、一般ボランティアの指揮も執っている。メンバーで整体師、肥田浩さん(45)=名古屋市=は「活動を通じ、一人一人、自立して動ける人材を育てたい。そこにまた人が集まる。横のつながりが大きな力になる。地元にそんなノウハウを伝えられれば」と期待している。
【一般のボランティアを指揮しながら作業する「絆」のメンバー(左)=和歌山県那智勝浦町井関で】