ミラノ・コルティナ五輪での、りくりゅうペアの大逆転金メダル。
本当に感動しましたね。
お二人の演技はもちろんですが、私が何より惹きつけられるのは、
あのお二人の間にある「嘘のない関係性」です。
演技中にファスナーを直す??
演奏中にしゃべりかけられて。。
「前で踊っておいてー」
なんて声を掛け合えちゃうあのくだり。最高です!
改めて「<ノーカット>版」とうたわれている映像を見ると、
演技前の最初から最後まで、三浦選手のファスナーは綺麗にピシッと閉まっていました。
「あれ?」と思って別の映像(TVerの配信)を確認してみると……
なんと、最初からファスナーがガバッと開いていたのです。
https://tver.jp/olympic/milanocortina2026/video/play/4d8b8d9fb2ed4ff4b4384fd507146a95/
そして本来の映像には、開いていた三浦選手のファスナーを、
木原選手がスッと上げてあげるシーンがしっかり映っていました。
つまり、<ノーカット>版とうたう映像は、三浦選手のファスナーが開いていた事実と、
それを木原選手が直してあげるシーンをごっそり「消して(修正して)」、
最初から完璧に閉まっていたかのように編集されていたのです。
これに気づいた時、私はなんとも言えない悲しい気持ちになりました。
もしこれが意図的な編集だとしたら、これは撮影側(編集側)が
絶対にやってはいけない「罪」深い修正です。
なぜなら、その修正は「ふたりのドラマ」を消し去ってしまう行為だからです。
ファスナーを上げた後の、木原選手の「よしっ」という頼もしい合図。
ファスナーを締めてもらったあとの、三浦選手の
あの照れたような、最高にチャーミングな笑顔。
完璧な衣装なんかよりも、あの一連のやり取りの中にこそ、
二人の信頼関係や温かさがものすごく溢れ出ていて。
私はこのシーンが大好き!
おそらく編集した側は、「衣装が開いているのは恥ずかしいだろう」
「完璧で美しい姿だけを残してあげよう」という、
「よかれと思って」の親心だったのかもしれません。
でも、その「よかれと思った修正」が、一番大切な『ふたりのドラマ』を奪ってしまった。
この一件は、同じくファインダー越しに人を撮るカメラマンとして、
非常に深く考えさせられる出来事でした。
七五三の撮影でも同じです。
泣いてしまったお顔、草履が履けずに裸足で走る姿。
ママの素敵な着物姿が、抱っこでぐちゃぐちゃに崩れてしまったシーン。
それを「綺麗じゃないから」とファインダーから外し、
笑顔だけを求め、完璧なポーズだけを作って「きれいに」残すこと
私も、気を抜くと、そっちに走ることがある。
でも、数年後、数十年後にご家族が見返して胸が熱くなるのは、
作られた完璧さではなく、そういう「不完全だけど愛おしい、
その時のリアルな体温」が写っている写真のはずです。
よかれと思って、撮影側が修正することの罪。
今回のケースは、
「完璧に作られた偽物よりも、不完全な本物(ドキュメンタリー)にこそ価値がある」
という典型例だと思います。
これは、しいれいフォトの根幹(ナチュラルポートレイトの精神)に直結する、自分への戒めです。
ドキュメンタリーを撮る人間として、目の前で起きている
「ありのままの愛おしいドラマ」を絶対に消してしまわないよう、
これからも肝に銘じよう。
りくりゅうの二人の笑顔を見ながら、改めてそう強く思った出来事でした。
