父が、言った。
「昨日、先生を泣かせちゃった」
先生というのは、入院中の父の主治医である。
世の中にこんなきれいな人がいるのだろうか
と思うくらいの美人医師で
その美貌ゆえかちょっと、キツイ印象がある。
抗がん剤投与をめぐって私は
その医師とバトルをしたこともあった。
お高くとまってる
そんな印象が正直なところあった。
その先生を泣かせたという父。
一体父は何を言ったんだろう。
「昨日ね、先生に言ったんだ。
いろいろしてくれて
ありがとうございます。
先生を、信頼しています。
って言ってね。こう握手した。
そしたら先生
ひとしきり泣いていった。
もう~。田中さん泣かせないでくださいよ~。
って言われちゃった。
って父は、はにかんで笑った。
私は、こんなつらい状況下でも
周りの人に気遣える父を誇りに思う。
そして。
あの美人医師が父のことで
泣いてくれた気持ちを思ったら
私も泣けてきた。
いけない、いけない。
あわてて、洗面室へかけこんだ。